埋もれた才能を冷遇する日本の末路

米国株初心者takです。

つい大げさなタイトルで書き始めてしまいましたが、数日前に見かけた次の匿名ダイアリーに胸が痛みました。

(一部要約)

不登校の生徒の中にはすごく勉強ができる子がいて、都立最難関校にも合格できそうな学力を持っている場合もある。こういった子は内申点は低いが当日の筆記試験は素晴らしい点を取るので、今まであった「特別選考枠」という、「内申点を見ないで当日の筆記試験の得点だけで決める」という枠で合格することができた。

ところが舛添知事のときにこの制度が廃止されてしまい、そのような生徒が都立進学校に進む道が閉ざされてしまった。

救う道はただ一つ。「中学校に一切通わない」こと。中学に1日でも通ってしまうと内申点がついてしまう(当然、悪い点になる)。そうすれば都立進学校には合格できない。でも学校に1日も行かなければ内申点は「判定不能」となるため、高校側は内申点を除外して合否判定をしてくれる。

だから不登校の子が学校に復帰したいと思ったとしても、勉強の才能と意欲がある子に対しては「中学に登校するな」と指導しなければならない。本人は中学にも通う意思があるのに、こんな制度があるばかりに、指導する側も生徒の側も辛い。

不登校=ダメ人間ではない

不登校というのは、学校というシステムに自分の気持ちが合わなかったり、ちょっとしたことで大きないじめに遭ってしまったりして逃げ出したくなったり、といった現象だと理解しています。

逃げるというのは全く悪いことではなく、むしろその人が生来持っているエネルギーや魂の鼓動(大げさな言い方ですが)をもっと活かせる場所に自分の身を置く行為、すなわち「自分を活かす」という行為です。

日本で暮らすなら15歳までは日本の学校に通いましょうというのは、たまたま現在の社会制度がそうなっているだけであって、時代が変われば制度も変わります。変わりゆく制度にたまたまいま不適合を起こしているからといって、その人の価値を下げるものではありません。

むしろ制度に自分を合わせることで失われてしまう才能があるかもしれません。それはもったいない。そんな才能があるならば、学校で消耗する必要はなくて、その才能を活かせる場所で思う存分活躍してほしいです。



すごい人たちの学歴

有名な経営者の学歴についても、ちょっと調べればいろいろ出てきます。もちろん東大など有名校の出身の方も多くいますが、一方では高校中退、大学中退などの経歴の方もいます。

こういった経営者にとっては、学校は退屈だったのでしょう。そこで学校という制度に合わせて消耗してしまうより、中退することで自分の時間を取り戻し、才能を開花させて今があるのではないかと思います。

意味が全く分からない「ABC予想」というのを証明した望月信一教授は、東京出身で16歳のときにプリンストン大学に入学され、23歳の時に博士号を取られています。こういう才能を日本の学校で育てられないのだとすれば残念ですが、才能を開花させるのにふさわしい場所がこの地球上にあったということは喜ばしいことでもあります。

才能をつぶす政策

冒頭の「不登校は中学に復帰するな」に話を戻しますが、この日記の内容が事実だとすると、特別選考枠を廃止したせいで優秀な才能が活かされる道が閉ざされる、または不当に険しくなってしまっているということですね。

日記だけだとよく分からないのですが、例えば中学の入学式からいきなり不登校だった子の場合は、中学に1日も通わなければ都立進学校に合格する可能性が出てくる。でも中学の途中から不登校になった子は?中学に通っているのだから内申点がついてしまうのでしょうか?だとすれば道が閉ざされてしまう?

私立の進学校なら大丈夫なのでしょうか。あるいは思い切って海外の学校へ。そういった選択肢も当然視野に入れるべきでしょうが、単純に費用などの面で不利にはなります。あるいは都立高校の中で「この高校の○○にすごく惹かれる」と思ったとしてもそれは手に入りません。

それでも何とか苦労して才能を開花させたとして、その人が「自分を排除した国、日本」のために何かしようと思ってくれるでしょうか?日本はイノベーションが足らないとか色々言われていますが、イノベーションは異端とも言えるような才能から生まれるものではないですか?それを最初から排除しておいて、果たして日本の末路は?いますでに末路なのかもしれませんが。

なんだか気持ちの沈むニュースでした。まあどこまで信憑性のある日記かは分かりませんが。

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